第6回

2018.06.15 ライフスタイルの改善が悪性化のブレーキになる可能性!

「アクティブサーベイランス」という選択。

井手
今回は「アクティブサーベイランス」の話をしようと思います。「アクティブサーベイランス」は“監視療法”とも言われています。
──
”監視”ということは、すぐには治療をしないということですか。
井手
はい。 前立腺がんと診断されても悪性度が低い場合、定期的に直腸診やPSA検査、再生検などを行って様子を見ていく選択をします。 それで病勢の進行があった場合に、 手術や放射線療法などを行っていくという方法です。
──
悪性度が低いとはいえ、がんの存在がわかっていながら様子を見るのはどうなのでしょうか。 常に不安というか。「摘出してしまいたい」という方もいらっしゃるのでは。
井手
もちろん、 医師や家族とも十分に話し合ってメリットデメリットを理解した上で決めることが大前提です。 ただ前立腺がんは悪性度が低い場合、 病勢の進行が遅いのも事実です。亡くなる場合も、 前立腺がんではなく他因子による場合が少なくありません。

これはアメリカの話ですが、悪性度の低い局限性の早期がん患者731名を監視療法と根治療法で1994年から20年間追跡する「PIVOT」というランダム化試験が行われました。
──
結果はどうだったのですか。
井手
グリソンスコアという、前立腺がんの悪性度をスコア(点数)化して判断する方法があります。 スコアは最も低い2から最も高いのが10まで9段階に分類されるのですが、グリソンスコアが6以下で、 PSAが10ng/ml以下の良性腫瘍の前立腺がんでは手術療法のメリットは少なかったんです。疾患特異的生存率に差はあっても、10年後の全生存率に差がないことが報告されました。

また、 アクティブサーベイランスを行っている前立腺がん患者さんを従来通りの生活を続けるコントロール群と生活改善群に分けて、2年間フォローアップした研究結果も報告されています。
──
ライフスタイルと前立腺がんの発症には、密接な関係があると示唆されているとのことですから、非常に興味深いお話ですね。
井手
生活改善群には、野菜や果物を取り入れた低脂肪食、30分のウォーキング、ヨガやソーシャルサポートなどの精神的ケアを行いました。 結果、コントロール群では49名中13名(27%)に手術や放射線療法などの治療が必要になったのに対し、生活改善群は43名中2名(5%)しか治療の介入を必要としませんでした。
ライフスタイルと前立腺がん

生活の質の改善で、テロメラーゼも活性化!

──
生活改善を行いながらのアクティブサーベイランスは、 効果が期待できることがわかりました。
井手
しかも、もうひとつ朗報がありましてね。 ライフスタイルの改善によって、テロメアの長さが改善するという報告もなされました。
──
長さを見ると寿命が分かるといわれている、テロメアですか?
井手
そうです。テロメアは細胞分裂のたびに短くなっていく、染色体の先端に存在している構造体のこと。

子供とお年寄りのテロメアでは、当然細胞分裂の回数が多いお年寄りのほうが短く、一定の長さ以下になると、細胞はもうそれ以上分裂できなくなると言われています。
──
やはり生活スタイルの見直しは必要ですね。
井手
はい。 生活改善で前立腺がんの発症を予防できたという明確なエビデンスはありませんが、数多くの試験や論文、加えて私の長年の経験からも、運動、適切な食事、肥満の解消と禁煙は前立腺がん悪性化のブレーキになる可能性はあるとお伝えしたいですね。

もちろん、なかには手術や放射線治療が必要で、「アクティブサーベイランス」の選択肢がない方もいらっしゃいますし、がんを経験した方が直面する課題を乗り越えて、充実した社会生活を送ることを重視したサバイバーシップの考え方は、高齢者の多い前立腺がんにおいても重要な概念だと思います。医療関係者はそのための存在でもあります。